業界展望-創薬 第26回 標的タンパク質分解誘導薬の現状と今後の展望
標的タンパク質分解誘導薬のひとつであるタンパク質分解誘導キメラ分子(PROTAC:Proteolysis-Targeting Chimera)の概念が2001年に初めて報告されてから、約四半世紀が経過した。当初はケミカルバイオロジー分野の一つの基礎技術として捉えられる側面もあったが、2019年に米国Arvinas社の開発品がPhase 1試験に進んだことを契機に、欧米製薬会社を含めた臨床開発が本格化している。PROTACを含めたタンパク質分解誘導薬は、現在どこまで到達しているのだろうか。
■創薬のパラダイムシフト:標的タンパク質の「阻害」から「分解」へ
従来の低分子創薬では、病因となるタンパク質の活性部位を薬物で塞ぎ、その機能を阻害する「阻害剤」が主流であった。この手法は明確な結合ポケットを持つタンパク質にしか適用できず、全タンパク質のうち創薬標的とし得るのは約2割程度にとどまるとされてきた。
PROTACは、細胞内に本来備わっているタンパク質のゴミ処理機構(ユビキチン・プロテアソーム系)を利用して、標的とする病因タンパク質を分解・除去する二官能性のキメラ分子である。構造的には、標的タンパク質に結合するリガンドと、分解を担うE3ユビキチンリガーゼを認識するドメインをリンカーで連結した化合物からなる。従来のように標的タンパク質を「阻害」するのではなく、タンパク質そのものを「分解」し「除去」する点が、PROTACの本質的な特徴である。
このアプローチにより、阻害剤創薬では困難とされてきた、いわゆる「アンドラッガブル」な標的への介入が可能となる点から、PROTACは創薬のパラダイムシフトをもたらす技術として注目されている。また、PROTACは標的タンパク質を分解に導いた後、次の標的分子へと作用する触媒的サイクルが成立するため、比較的低用量でも持続的な薬効が期待される点も大きな利点である (図1)。
PROTACと同様にユビキチン・プロテアソーム系を介して標的タンパク質を分解するものの、リンカー構造を持たない化合物群としてMolecular glue (分子糊) と総称される化合物群が存在する。これらは単一の低分子リガンドとして機能し、標的タンパク質とE3ユビキチンリガーゼの界面に直接結合することで、両者を「糊」のように接着させることからこの名称が用いられている。
代表例としては、免疫調節薬(IMiDs)に分類されるレナリドミド〈Revlimid™〉が挙げられる。同剤は2005年に多発性骨髄腫治療薬として承認されているが、2010年代前半にかけて、その作用機序がCRBNを介したMolecular Glueであることが明らかとなった。Molecular Glueは一般に分子量が小さく、経口投与に適した物性を有する点が特徴である。
■開発最前線:PROTAC初承認へのカウントダウン
PROTACの臨床開発におけるトップランナーとして位置づけられてきたのが、米国Arvinas社のARV-471(一般名:vepdegestrant)である。本剤はエストロゲン受容体(ER)を標的とするPROTACであり、内分泌療法抵抗性を含むER陽性/HER2陰性乳がんを主な対象として開発が進められている。2025年6月には米国FDAに対して承認申請が行われ、承認されれば、PROTACとして初の医薬品承認事例となる可能性が高い。
当社調査によれば、2026年1月末時点でPhase1以降の開発段階にあり、かつ開発が継続していると考えられる標的タンパク質分解誘導薬開発品は80品目確認されている。そのうち、PROTACは53品目(約66%)を占めており、依然として標的タンパク質分解誘導薬分野の中核技術であることがわかる。一方で、Molecular Glueについても、ベストインクラスを狙う改良型化合物や、新規E3リガーゼを利用した分子などが複数、後期開発ステージへと進展している。
疾患領域別にみると、標的タンパク質分解誘導薬開発品の8割以上はがん領域に集中している。ただし、免疫疾患に加え、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患を対象とするプログラムも、アーリーステージながら着実に増加しつつある。
開発化合物の起源は米国企業が半数以上を占めるものの、中国企業を起源とする開発品も約25%に達しており、その存在感は年々高まっている。企業間連携の面では、大手製薬企業が米国Arvinas社やKymera Therapeutics社などと創薬初期段階から提携する事例が多くみられる。さらに2025年には、Johnson & Johnsonが中国HealZen TherapeuticsとTPD関連技術に関するライセンス契約を締結しており、中国発スタートアップへの注目度は一段と高まっている。
■今後の展望
標的タンパク質分解誘導技術は、PROTACに代表されるユビキチン・プロテアソーム系を利用した分解にとどまらず、作用機序の多様化が急速に進んでいる。その一例が、Halda Therapeutics社が提唱するRIPTAC(Regulated Induced Proximity Targeting Chimeras)である。RIPTACは、タンパク質分解を伴わずに、特定条件下でタンパク質間の近接や相互作用を誘導し、機能を制御する新しいアプローチである。Johnson & Johnson は、2025年12月にRIPTACの開発品HLD-0915を保有する米国Halda Therapeutics社を、マイルストーンを含め最大約30.5億ドルの取引総額で買収する契約を締結しており、本分野に対する製薬企業の高い関心がうかがえる。
また、リソソーム経路を利用したLYTAC(Lysosome-Targeting Chimera)などの技術進展により、従来は主として細胞内タンパク質を対象としてきた分解誘導戦略は、細胞外タンパク質や膜タンパク質へと対象領域を拡大しつつある。リソソームを介した分解では、低分子化合物に限らず、抗体やアプタマーなどの高分子モダリティを分解誘導分子として利用できる点が特徴である。
これらの技術革新により、従来は薬理学的介入が困難であった分泌タンパク質や細胞表面分子に対しても、新たな創薬アプローチが提供される可能性が高い。がん領域にとどまらず、多様な疾患領域への展開を含め、標的タンパク質分解誘導技術の今後の進展に大きな期待が寄せられる。



