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業界展望-創薬 第25回 過熱する抗肥満薬市場

 

 肥満症は現代病の象徴であり生活習慣病の元凶でもある。サイレント・パンデミックとして世界に広がり将来的な社会経済的負荷の増大をもたらす。長らくメディカルニーズを満たす治療薬はなかったが、セマグルチドやチルゼパチドの登場により、肥満症はもとより様々な関連疾患の治療にも変化をもたらす巨大市場が形成されつつある。   

 

 ■抗肥満薬の隆盛  

 

 肥満症のカテゴリーに含まれる人の数が、成人と児童・青少年を合わせ全世界で10億人を超えたという1)。2022年の世界人口が約80億人とすると、実に人口の1割以上の人が肥満症ということになる。また、これら肥満症とされる人の数は年々増加傾向とされる。肥満症は、代謝性疾患、循環器系疾患、呼吸器系疾患、消化器系疾患、整形外科疾患、がん、など様々な疾患との関連性が認められており、人類共通の課題とも言える疾患である。このため20世紀後半から食欲抑制剤や脂肪吸収抑制剤などさまざまな抗肥満薬が開発されてきたが、いずれも十分な有効性を示せなかったり、安全性に問題があったりと、長らく大きな市場を獲得するには至らなかった。ところが、近年、糖尿病薬として開発されてきたインクレチン(GLP-1、GIP)と呼ばれる小腸由来のホルモンが優れた体重減少効果を示すことがわかり、肥満症の治療薬におけるゲームチェンジャーとなった。日本では、2024年にセマグルチドが上市され、肥満症の適応では32年ぶりの新薬登場となったわけである(表1)。 

 

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古くからインスリン等、糖尿病薬を開発してきたデンマークのノボノルディスク社はGLP-1受容体作動薬であるリラグラチド(商品名:サクセンダ、1回/日・皮下注)を発売し、ついで利便性を高めたセマグルチド(商品名:ウゴービ、1回/週・皮下注)の開発に成功した。セマグルチドの世界売上は、EvaluatePharmaによると2024年には約$8.4B(約1.26兆円、$1=150円で計算、以下同様)で、ピーク時には約$18B(約2.7兆円)との予想もあった。このことから、ノボノルディスク社の株価は上昇し、2023年にはLVMHを抜いて時価総額で欧州トップとなった。さらに、2024年3月には$566B(約84.9兆円)となり、一時米EV大手テスラやクレジットカード会社のビザを超えた。ここに待ったをかけたのが米国のイーライリリー社のチルゼパチド(商品名:ゼップバウンド、1回/週・皮下注)である(図1)。

 

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チルゼパチドは、GLP-1受容体とGIP受容体に対するインクレチンのデュアル作動薬で、国際共同第3相試験(SURMOUNT-1、n=2539)において、セマグルチドの体重減少率を上回る15.0%(低用量)~20.9%(高用量)[プラセボは3.1%の減少]の強力な効果を示し2)、市場でセマグルチドを猛追している。EvaluatePharmaによるチルゼパチドのピーク世界売上は$28B(約4.2兆円)と予測されており、現在はイーライリリー社の時価総額とノボノルディスク社の時価総額は逆転し、今年の11月にはイーライリリー社は製薬会社として初の1兆ドル(150兆円)企業となった。目下の抗肥満薬市場では、この2社がしのぎを削っている状況であるが、当然のことながらさらに多くの企業がこの巨大市場への参入を伺っている。 

 

■今後の展開 

 

 GLP-1やGIPなどのインクレチンやグルカゴンの役割は様々な上に、一見すると相反するようなものも含まれる。それぞれに直接作用のみならず間接的な作用があること、また生理的作用と薬理作用が異なった血中濃度で異なった作用として認められことから、生体内での役割の理解には留意が必要であり、まだ未解明の部分も残る。しかし、多くの臓器や器官で代謝調節に広くかかわることから、2型糖尿病や肥満症の他に多様な疾患における治療効果が期待されている(図2)。

 

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この分野の競合各社が注力している方向性は大きく分けると、①経口製剤や低分子薬の開発、②適応症の拡大(臨床アウトカムの証明)、③マルチ作動薬の開発、となる。①では、セマグルチドやチルゼパチドが1回/週の皮下注のペプチド製剤であることから、利便性を高めるための経口製剤や製造コストを下げるための低分子薬が開発されているし、②では、実際に心血管障害リスクの軽減効果、心不全、動脈硬化、慢性腎臓病、睡眠時無呼吸症候群、脂肪肝(MAFLD、NASH/MASH)、変形性膝関節症患者を対象にした臨床試験が行われている。③では、GLP-1受容体およびGLP-2受容体のデュアル作動薬、GLP-1受容体およびグルカゴン受容体のデュアル作動薬、GLP-1受容体およびアミリン受容体のデュアル作動薬、抗GIP受容体抗体およびGLP-1受容体作動薬の融合蛋白、そしてGLP-1受容体、GIP受容体ならびにグルカゴン受容体のトリプル作動薬などの開発が急ピッチで進められている。本年12月11日、Eli Lilly社は、肥満または過体重で膝の変形性関節症を有する成人を対象に、週1回投与のトリプル作動薬「レタトルチド(retatrutide)」の第3相試験(TRIUMPH-4)の結果を発表し、体重減少が最大で平均28.7%、痛みスコアの減少が最大で75.8%に達したと発表した3)。現時点で、最も強い効果を示した抗肥満薬といえる。

 免疫チェックポイント阻害薬が多くの癌腫での標準治療のひとつとなり、それとの併用療法が基本レジメンとなりつつあるように、代謝関連疾患においてインクレチンやグルカゴン関連の治療薬が標準治療となり、次の段階として有用な併用療法の探索がターゲットとなるかもしれない。 

 

略語:GLP-1 (Glucagon-Like Peptide-1)、GIP (Glucose-dependent Insulinotropic Polypeptide)、LVMH (LVMH Moet Hennessy-Louis Vuitton SE)、MAFLD (Metabolic dysfunction Associated Fatty Liver Disease/代謝異常関連脂肪肝疾患) 

 

1)
Sun B, Willard FS, Feng D, et al. Structural determinants of dual incretin receptor agonism by tirzepatide. Proc Natl Acad Sci U S A. 2022;119(13):e2116506119. doi:10.1073/pnas.2116506119 

 

2)
Jastreboff AM, Aronne LJ, Ahmad NN, et al. Tirzepatide Once Weekly for the Treatment of Obesity. N Engl J Med. 2022;387(3):205-216. doi:10.1056/NEJMoa2206038

 

3)
Eli Lilly and Company. (2025, December 11). Lilly's triple agonist, retatrutide, delivered weight loss of up to an average of 71.2 lbs along with substantial relief from osteoarthritis pain in first successful Phase 3 trial [Press release]. PR Newswire. https://www.prnewswire.com/news-releases/lillys-triple-agonist-retatrutide-delivered-weight-loss-of-up-to-an-average-of-71-2-lbs-along-with-substantial-relief-from-osteoarthritis-pain-in-first-successful-phase-3-trial-302638804.htm

 

 

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著者プロフィール_上平さん_2

 

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