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第17回「業界展望-創薬」 運命は変えられる:エピゲノムからエピトランスクリプトーム創薬へ

当社は「大阪大学の研究成果を活用した事業」を行うベンチャーを投資対象としております。投資候補先の事業が対象とする業界の動向や市場性、成長性等については、当社は、専門的見地から分析を行う担当者を配置して投資検討を行なっています。

この分析担当者の執筆により、随時、サイエンスレポート「業界展望」をお届けしております。今回は第17回です。


 

運命は変えられる:エピゲノムからエピトランスクリプトーム創薬へ

 2004年にヒトゲノムの完全解読結果が発表された。当時、疾患メカニズムの理解や創薬に大きなブレークスルーをもたらすと考えられたが、以降、医薬品の創出は思ったようにはかどっていない。近年、エピゲノムやエピトランスクリプトームといった、塩基配列の変化を伴わない修飾が、さまざまな生命現象や疾患にかかわっていることが判ってきた。

■遺伝子(ゲノム)が全てを決めるわけではない
 全く遺伝子の配列が同一な個体のことをクローンと呼ぶ。ただ、三毛猫のクローンを作ったとしても、毛の模様は同一にならない(図1)。これは、毛の色を決める遺伝子を有する一対のX染色体の一方が、初期胚の段階でランダムに不活化されることによって生じる現象だ。

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 このようなDNAの塩基配列の変化を伴わない遺伝子の発現制御に関する学術分野のことを、エピジェネティクスと呼ぶ(図2)。発生・分化における重要なメカニズムであるとともに、癌や遺伝子疾患等の発生にも深くかかわっていることが知られている。

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 すでに、遺伝子のエピゲノム情報である、DNAのメチル化やヒストン蛋白の化学修飾をターゲットにした複数の抗がん剤が上市されている。DNAメチル基転移酵素阻害薬のアザシチジン/Vidazaやデシタビン/Dacogenは骨髄異形成症候群を対象として、ヒストン脱アセチル化酵素阻害薬のボリノスタット/Zolinzaやロミデプシン/Istodaxは皮膚T細胞性リンパ腫を対象に臨床で使われている。エピゲノムを対象とした新規化合物の開発も精力的に行われている。日本人の大規模全ゲノム解析の結果によると、ゲノムにはメチル化部位が2,400万ヵ所見つかっている。バイオマーカーや創薬ターゲットが見つかる余地は大きい。

注目を集めるエピトランスクリプトーム創薬
 最近になって、ゲノムだけではなく転写後段階のmRNAやtRNA, rRNAもさまざまな化学修飾を受け遺伝子の発現制御を行っていることが判ってきた。このような修飾をエピゲノムと対比して、エピトランスクリプトームと呼び、メチル化のみならず、水酸化、アセチル化、異性化、チオール化等100種類を超える修飾様式が見つかっている。エピトランスクリプトームは、個体発生、免疫制御、がん、肥満や精神疾患などへの関与が報告されており、新たなバイオマーカーや創薬ターゲットとして注目を浴びている。生物の設計図は全て遺伝子に書き込まれている、というセントラルドグマに対して、エピゲノムやエピトランスクリプトームで見られる修飾は、栄養状態の変化、病原体感染、精神ストレスなどに伴って生じるとされている。生物の環境変化に対するダイナミックな適応力を反映していると言える。 そうであるなら、そこには創薬ターゲットという多くのお宝が埋蔵されていることになる。

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[OUVC投資部第三グループ調査役 上平昌弘(医学博士)]

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