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業界展望-創薬 第28回 創薬の新しい物差し「時間」―LOCKTACsが操る分子の滞在時間―

作成者: ouvc_official|Sep 1, 2026, 7:29:59 AM

 

 薬の作用を考える際、これまでは標的に「どれだけ強く結合するか」という結合親和性が主要な物差しの一つとされてきた。2025年にScience誌で提唱されたLOCKTACsは、生体内で本来形成される分子間相互作用を長く保ち、解離速度(koff)を遅くすることで薬理作用を生み出す創薬概念である。相互作用を安定化することで機能を高めることも、逆に反応サイクルを止めることもできる。転写因子やRNAなど従来創薬が難しかった標的への展開と、狙ってLOCKする創薬の可能性を展望する。   

 

 ■「阻害する」から「離さない」へ

 

 最近のOUVC Insightで、病因タンパク質を「阻害」する従来薬に対し、PROTACが標的タンパク質を「分解」する新しい創薬手法であることを紹介した。LOCKTACsはその流れをさらに広げ、分子同士の「近づき方」や「離れ方」そのものを薬で操ろうとする考え方である。

 分子ABの結合の強さは平衡解離定数KDで表される。単純な二分子間相互作用ではKD = koff / konであり、koffが小さいほど、一度できた複合体は長く保たれる。従来薬の多くは、基質やリガンドが標的へ結合するのを妨げる。これに対してLOCKTACsは、本来一時的に形成される生理的な複合体に作用し、koffを下げてその滞在時間を延ばす「sustained proximity(持続的近接)」の創薬概念である1)

 相互作用を長く保つ結果は一様ではない。脊髄性筋萎縮症治療薬リスジプラムでは、同系統化合物の解析から、SMN2 mRNAU1 snRNPとの結合を安定化してエクソン7の取り込みを促す機序が示されている1),2)。一方、抗がん剤として臨床開発中のKIF18A阻害薬ソビルネシブは、KIF18Aを微小管から離れにくくし、結合と解離を繰り返して進むモーター機能を停止させる1),3)。すなわち「離さない」ことは、活性化にも阻害にもなり得る(図1)。 

 

 

アンドラッガブルへの挑戦

 従来の低分子創薬では、薬が入り込める明確なポケットの有無が標的選定を大きく左右してきた。このため、広い接触面を使うタンパク質間相互作用、転写因子、RNAやDNAとの相互作用などは、長らく「アンドラッガブル」とみなされてきた。LOCKTACsは、標的タンパク質単独ではなく、生体内で既に形成される分子間相互作用を創薬の足場として利用する。化合物は界面そのものだけでなく、その隣接部位や離れた部位に結合してもよく、タンパク質-タンパク質、タンパク質-RNA、タンパク質-DNA、タンパク質-代謝物、受容体-リガンドなどへ対象を広げ得る(図2)1)。 

 

 

 この発想が特に期待されるのが、転写因子や遺伝子制御である。転写因子をDNAから完全に引き離すのではなく、機能的でないDNA上での滞在時間を延ばし、目的の遺伝子を探索する動きを乱すという逆転の発想が提案されている1)。FOXA1に結合するWX-02-23は、FOXA1のDNA結合部位選択を変化させることが報告されており4)、滞在時間の延長そのものは未確認であるものの、転写因子-DNA相互作用の動態を薬で変え得ることを示す例といえる。

 また、疾患細胞で蓄積する分子や疾患特有の分子状態をLOCKの相手として利用すれば、選択性を作り出せる可能性がある。MTAP欠失がんでは代謝物MTAが蓄積する。AMG 193(その後開発中止)などのMTA協調型PRMT5阻害薬は、PRMT5-MTA-薬剤の複合体を安定化し、MTAP欠失細胞 に選択的な阻害をもたらす5)。この考え方は、変異、代謝物、翻訳後修飾など、疾患に固有の分子環境を創薬に利用する道を開く。 

 

■偶然の発見から「狙ってLOCKする」創薬へ

 

 Science誌の総説には、リスジプラム、タファミジス、トポテカン、トラメチニブ、MTA協調型PRMT5阻害薬など、多様な薬剤が候補LOCKTACsとして整理されている1)。ただし、その多くは最初からLOCKTACとして設計されたわけではなく、作用機序の解析を通じて後から共通原理が見いだされたものである。これは、LOCKTAC型薬理が既に医薬品で成立していることを示す一方、「狙ってLOCKする」創薬技術はまだ黎明期にあることも意味する。

 今後の鍵は、①安定化すると望ましい薬効が生じる生理的相互作用を選び、②KDだけでなくkoffの低下を時間分解型の速度論解析で直接評価し、③薬剤-標的-相手分子の複合体構造を確認し、④疾患選択性を示すことである。投資対象としては、単一化合物のデータに加え、相互作用を探索する技術、速度論的評価系、構造解析、計算・AI技術を組み合わせ、複数標的へ横展開できるプラットフォーム性が重要となる。

 PROTACが「タンパク質を分解する」という新しい選択肢を創薬に定着させたように、LOCKTACsは「生理的な分子間相互作用がどれだけ長く続くか」という時間軸を、創薬設計の前面に持ち込もうとしている。名称自体は提唱されたばかりであるが、生命現象を止めるだけでなく、弱い相互作用を補い、動的な反応を意図的に固定する考え方は、これまで届かなかった標的に手を伸ばす可能性を秘めている。偶然見つかったLOCKを、再現性をもって創り出せるようになれば、創薬の次の大きな潮流となるかもしれない。 

 

略語:koff (dissociation rate constant, 解離速度定数)kon (association rate constant, 会合速度定数)KD (equilibrium dissociation constant, 平衡解離定数)PROTAC (Proteolysis-Targeting Chimera、標的タンパク質を分解へ導くキメラ分子)snRNP (small nuclear ribonucleoproteinRNAのスプライシングに関わるRNA・タンパク質複合体)MTAP (methylthioadenosine phosphorylaseMTAを代謝する酵素)MTA (methylthioadenosine、細胞内で生じる代謝物)PRMT5 (protein arginine methyltransferase 5、タンパク質のアルギニン残基をメチル化する酵素) 

 

1)
Deshaies RJ, Potts PR. Load and lock: An emerging class of therapeutics that influence macromolecular dissociation. Science. 2025;389:eadx3595. doi:10.1126/science.adx3595

 

2)
Campagne S, et al. Structural basis of a small molecule targeting RNA for a specific splicing correction. Nat Chem Biol. 2019;15:1191-1198. doi:10.1038/s41589-019-0384-5

 

3)
Payton M, et al. Small-molecule inhibition of kinesin KIF18A reveals a mitotic vulnerability enriched in chromosomally unstable cancers. Nat Cancer. 2024;5:66-84. doi:10.1038/s43018-023-00699-5

 

4)

Won SJ, et al. Redirecting the pioneering function of FOXA1 with covalent small molecules. Mol Cell. 2024;84:4125-4141.e10. doi:10.1016/j.molcel.2024.09.024

 

5)

Belmontes B, et al. AMG 193, a clinical-stage MTA-cooperative PRMT5 inhibitor, drives antitumor activity preclinically and in patients with MTAP-deleted cancers. Cancer Discov. 2025;15:139-161. doi:10.1158/2159-8290.CD-24-0887

 

 

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