AI創薬は、創薬研究の効率化技術から、製薬企業の研究戦略を左右する中核技術へと変化しつつある。近年ではBig Pharmaによる大型提携も相次ぎ、AI創薬は実用フェーズに入り始めた。本稿では、最近の大型ディールや国内動向をもとに、AI創薬の現在地を読み解く。
■AIの創薬への応用
近年の人工知能(AI)の発展により、創薬分野においてもAIの活用が活発化している。医薬品が承認されるまでは、細胞や動物等を用いた研究ステージと、人に投与して安全性や薬効を確認する臨床開発ステージが存在する。本レポートでは、研究ステージにおけるAI活用にフォーカスする。医薬品の創製における研究ステージは主に3つのステップがあり、従来から研究者の多くの労力が費やされてきた。創薬の最上流では、疾患に関与するタンパク質を特定する「ターゲット同定」が行われる。従来は、遺伝子やタンパク質の発現解析、遺伝子変異解析などの手法が用いられてきた。次に、数十万〜数百万規模の化合物ライブラリーを用いて、標的タンパク質に対する結合力や機能を評価し、有望なヒット化合物を選抜する。さらに、選ばれた化合物を、薬効や安全性などを指標に医薬品として適切な性質を持つよう最適化することで医薬品は創出される。研究初期から非臨床段階だけで5~8年を要し、このあとに人での有効性や安全性を調べる臨床試験へと進むとされる[1] 。
現在では、これら各ステップにAIを活用することで効率化や開発スピードの向上が図られている[2-4]。例えばターゲット同定では、疾患特異的なタンパク質発現情報に加え、科学論文や臨床試験データなどの大規模データを統合し、深層学習や大規模言語モデル(LLM)を用いて有望な標的タンパク質候補が選定される。またヒット化合物選抜のステージでは、生成AI技術を応用したde novo分子設計により、ターゲットタンパク質の構造情報や既知化合物の情報を基に新しい化学構造を持つ物質を見出すことができる。さらに化合物最適化の段階では、タンパク質と化合物の相互作用解析に加え、既知化合物の毒性や薬効に関する大規模データセットを活用することで、研究効率の向上が図られている[4]。このようなAI技術を用いた医薬候補品のうち、臨床開発段階に進んでいるものは20品目を超えると報告されている[5]。
■AIと創薬に関する最近2年の契約事例
最近2年間のAI創薬に関する契約事例を表1に示した。特徴的なのは、①複数の研究プログラムを対象とした契約が多いこと、②低分子医薬品に加えてRNA医薬やタンパク質医薬など多様なモダリティが対象となっていること、③$1Bnを超える大型ディールが存在する点である。さらに、これらの提携は主に創薬の初期段階に関するものであり、AI企業が分子設計といった創薬の上流工程を担いつつある流れが見て取れる。
CSPC Pharmaceuticalsは、AI駆動型デュアル創薬プラットフォームを活用している。同社は、ターゲットタンパク質と既存化合物との結合パターンを分析し、化合物の最適化を行う[6]。さらに、ペプチド創薬にも対応し、長時間作用型などの特性を持つ候補分子の設計を可能にする[7]。 Insilico MedicineはPharma.AIプラットフォームと呼ばれる技術を持つ。これには遺伝子発現情報や論文データ等から創薬ターゲットタンパク質を見つけるPandaOmics [8, 9]、ターゲットタンパク質の構造情報などから新規の低分子化合物のde novo設計および化合物の最適化を担うChemistry42 などが搭載されている[9]。PandaOmicsは疾患との関連性やターゲットとしての適格性、タンパク質発現の組織特異性から、8つの新規ALSターゲット候補タンパク質を同定している[8]。またChemistry42を用いて、DDR1阻害剤や、CDK20に結合する化合物が設計・同定されている[9]。Iambic Therapeuticsは、ターゲットタンパク質と化合物が結合した複合体の構造予測を強みとするNeuralPLexerと呼ばれるAI基盤技術を有する。本モデルは、タンパク質と化合物の結合状態および非結合状態の両方を扱う点が特徴である。従来の立体構造予測技術のAlphaFold2などと比較して高い精度を示し、化合物設計の効率化につながるとされている[10]。
このように、各AIベンチャー企業のAI技術が製薬企業の創薬の中核機能として取りこまれ、研究開発の効率化と成功確率の向上が図られている。
■国内AI創薬ベンチャーの動向
さて国内のスタートアップはどうだろう。表2に国内のAI創薬関連ベンチャーの事例を示す。
RevolKaは、タンパク質を設計できる点が特徴的と思われる。同社はタンパク質の配列と機能の関係を学習し、機能や安定性を改変したタンパク質を設計する技術を開発している。また、実験データを活用して配列と機能の相関を予測し、複数の性質を同時に最適化することが可能とされている。ElixのAIプラットフォームは製薬企業16社のデータを活用して学習され、活性やADMET、物性を予測する約20種類のAIモデルが搭載されているという。さらに、化合物構造をもとに新規分子を設計する生成モデルも統合されており、活性や安全性など複数の性質を同時に評価しながら分子設計を行う。これら2社も含めて、製薬企業との連携が進んでいる例は多く、国内でも着実にAIの創薬応用が展開されていると思われる。
以上のように大型ディールや国内ベンチャーと製薬企業の協業例からも、AIが創薬プロセスに着実に浸透しつつある流れが読み取れ、今後AI活用はさらに進むと思われる。一方で、①質の高いトレーニングデータ不足や、②医薬品候補の設計において、化合物のタンパク質への結合性だけでなく、創薬ターゲットとしての妥当性や合成可能性など複数要素のバランスが重要となる点など、AI創薬には依然課題も指摘されている[2]。しかしAIにより有望な医薬候補品を見出す確率が高まれば、創薬期間の短縮やコスト削減につながる可能性がある。その結果、医薬品を患者へ届けるまでの期間短縮に加え、これまで治療法が限られていた疾患に対する新たなアプローチにつながる可能性も期待されており、AI創薬は今後も注目される分野であることは間違いない。
[1] 日本製薬工業協会 くすりの情報室Q&A Q33
[2] Nat. Med. 31, 45–59 (2025)
[3] Front. Hematol. 3, 1305741 (2024)
[4] Front. Chem. 12, 1408740 (2024)
[5] J. Med. Chem. 68, 23643–23652 (2025)
[6] AstraZeneca社 プレスリリース2025年6月20日
[7] AstraZeneca社 プレスリリース 2026年1月30日
[8] J. Chem. Inf. Model. 64, 3961–3969 (2024)
[9] J. Chem. Inf. Model. 63, 695–701 (2023)
[10] Nat. Mach. Intell. 6, 195–208 (2024)