ペリオセラピア株式会社(以下、ペリオセラピア)は、大阪大学発の創薬ベンチャーとして2017年に設立され、「病的ペリオスチン」に着目した世界初の治療薬開発に挑む企業です。特に、治療抵抗性の高い転移・再発HER2陰性乳がんを対象に、間質・微小環境を改善する抗体医薬「PT0101」の臨床試験(Phase1/2a)を25年3月より開始しており、患者の予後改善と副作用軽減を両立する新しい治療アプローチを目指します。
創業者・谷山義明教授(大阪大学医学系研究科)が20年以上研究してきた世界トップレベルの知見を基盤に、抗体薬物複合体(ADC)や心筋症・心不全などの難治性疾患にも開発領域を拡大しています。間質という“これまで薬が届かなかった領域”へのアプローチで、あらゆる疾患の治療基盤となるプラットフォーム創薬を目指します。
大阪大学発の創薬ベンチャー、ペリオセラピア。同社は「抗ペリオスチン抗体」を用いた独自のアプローチでこれまで治療が困難とされてきた疾患への新たな治療法の開発を進めています。
「この技術は、間違いなく患者を救える」 ─途中参画を決めたペリオセラピア代表取締役CEO田原氏の覚悟と、挑戦の背景、次世代創薬への展望について、出資・伴走支援を行う大阪大学ベンチャーキャピタル(以下OUVC)の上平シニアベンチャーパートナーが伺いました。
ペリオセラピア代表取締役CEO 田原 栄治(たはら えいじ)/薬学博士
大学・大学院でのがん・老化の基礎研究経験を活かし、国内製薬企業で、創薬・診断・ヘルスケアの幅広い領域での研究開発・研究マネージメント、創薬のライセンス交渉に従事。バイオスタートアップ企業では、代表取締役社長(CEO)として、経営・研究開発・事業開発・資金調達・IPO準備に従事し、2025年4月よりペリオセラピアへ取締役として参画。同年6月代表取締役へ就任。
投資部シニアベンチャーパートナー 上平 昌弘(うえひら まさひろ)/医学博士
塩野義製薬入社後、大阪大学ベンチャーキャピタルに参画し、創薬・ライフサイエンス系シーズの技術評価に加え、ハンズオンを担当。
塩野義製薬では研究マネージャー、開発プロジェクトマネージャー、グローバルプロジェクトマネージャー、領域プロジェクトマネジメントヘッド、領域研究開発統括委員を歴任。複数品の上市を達成。同社海外子会社および海外ファーマとの協業において統括メンバーとしてグローバル開発を含む複数プロジェクトをリード。
上平(OUVC):
まずは、ご自身のご経歴と、ペリオセラピアへの参画を決めた理由を教えてください。
田原CEO:
私は広島大学で薬学博士を取得後、製薬企業で創薬研究に携わり、スクリーニング系の構築や診断薬開発を経験しました。その後、米国ヒューストンへ研究留学し、癌と老化に関する基礎研究に没頭していました。その後、米国に支店があるサプリメント開発会社のマネージャー、そして大学発ベンチャーの経営も経験しました。
研究者として、経営者として、両方の立場で創薬の現場を見てきた中で、アカデミアから立ち上がる企業をサポートできないかと思い、ベンチャー企業を探していたところ、ペリオセラピアの技術と出会ったとき、衝撃を受けました。
多くの抗がん剤は「癌細胞そのもの」を狙います。でも、癌を育て、治療抵抗性を生むのは周囲の微小環境だというのは、研究者として以前から感じていた強い違和感でした。「細胞単体で薬効をみても、本質は見えていないのではないか」と。
そんな中で、谷山教授が発見した「病的ペリオスチン」を標的にするというアプローチは、私が長年抱えていた問いに真正面から応えるものでした。
上平(OUVC):
微小環境を形成する分子は多くあり、ペリオセラピアはペリオスチンという分子に注目したベンチャーですが、「病的ペリオスチン」を標的にした創薬について、どのようにお考えですか?
田原CEO:
ペリオスチンには、体に必要な「恒常的ペリオスチン」と、疾患時に出現する「病的ペリオスチン」という2つがあります。この差を明確に捉えたのは、研究成果として非常に興味深い所です。
さらに、病的ペリオスチンは特異的な構造を持ち、「悪いときだけ出るタンパク質」を明確に区別できる――これが創薬としてどれほど価値があるか、特異的にしっかり発現されているところがユニークに感じます。
病的ペリオスチンは 癌の治療抵抗性・転移・免疫抑制・血管新生など、微小環境の悪い働きの中心にいます。
つまり、ここを抑えれば、癌が治療に強くなるメカニズムを根本から断ち切ることが可能になります。
この発見は、世界の創薬とは全く違う次元の突破口になりうると感じています。
上平(OUVC):
田原さんはペリオセラピアには途中参画されたわけですが、不安はありませんでしたか?
田原CEO:
もちろん、これまで抗体医薬の経験がなかったため正直不安でした。ただ、入社前に事業計画を伺った時点で、「少人数でここまでやっているのか」と心底驚きました。事業基盤がしっかりしていて、科学的な裏付けと事業計画の精度が極めて高く、さすが大阪大学と思いました。入社してからは、むしろ「できる」という確信が強まりました。
前職で経営面について経験した際、私は「納得できないことは進めない」という姿勢を強く持つようになりました。ペリオセラピアでは、議論の末に必ず科学で判断される。この文化があるからこそ、私は迷いなく意見を出せていますし、知らない分野やできない部分に関しては、丁寧に教えていただいており、それが救いになり、何も知らないことがあるという怖さは当初ありましたが、すぐに解消できました。
「研究として素晴らしい」だけではベンチャーは成り立ちませんが、ここには「研究×経営」が同じ方向を向いており、手応えを感じています。
上平(OUVC):
これだったらできる、手応えがある、というような感覚を得ることができたというお話は、とても印象的で、田原さんの前向きさを感じます。
上平(OUVC):
現在、転移・再発HER2陰性乳がんといった難治性の乳がんをターゲットにしています。この疾患を対象として選ばれた経緯を教えてください。
田原CEO:
社会課題として最もインパクトが大きかったからです。具体的には、乳がん患者の7人に1人が転移・再発HER2陰性へ進行、AYA世代(40代)の女性が多い、有効な治療選択肢がなく、5年生存率は50%未満、抗がん剤はわずか数ヶ月の延命にとどまることも多い、母親を失う子ども、キャリアの中心にいる女性たち、家庭の崩壊リスク…。
これほど複合的な社会問題を引き起こす疾患は多くありません。
また、社会課題だけではなく科学的にも、治療抵抗性と病的ペリオスチンの相関性が高いことは明確です。だからこそ、まずはここからだと思っています。
乳がんで治療抵抗性改善の効果を示すことができれば、他の癌や線維化疾患にも大きく展開できます。
上平(OUVC):
科学的なエビデンスの高さと社会的課題を解決する重要性、深いアンメットニーズがある所に進めていく意義を感じます。
上平(OUVC):
臨床試験を組んでいく中でコンパニオン診断薬について重要視されていますが、現状進捗や今後の展開についてのお考えを教えてください。
田原CEO:
コンパニオン診断薬には「適切な患者に適切に薬を投与する」という重要な役割があり、現在の開発計画でも中心的に位置付けています。
まずは進行した患者を対象に、病的ペリオスチンの有無を正確に見極める診断薬として活用し、治療効果を最大化する臨床試験設計を進めています。
将来的には、より早期の段階、すなわち腫瘍が微小環境を形成し始める段階から介入できる可能性を見据えており、診断薬を介さなくとも適切な患者層を絞れる治療戦略の確立も視野に入れています。また、研究用途として病的ペリオスチンが他の疾患にどう関与するかを探索するツールとしても活用し、新適応への拡大や事業領域の拡張にもつなげていきたいと考えています。
上平(OUVC):
ありがとうございます。コンパニオン診断薬の本来の役割は重要であるとしつつも、将来的には早期診断や介入時期をしっかり見定めていくことで、他の疾患への展開と事業の拡大を目指されている点は、我々も同じ考えです。
上平(OUVC):
将来の展望について、どういうことにチャレンジしていきたいでしょうか。また、こういう方向に会社を持っていきたいなどありましたら教えてください。
田原CEO:
目先の大きな目標は、1stパイプラインである現在進行中の乳がんの臨床試験「PT0101」(Phase1/2a)を実現・成功させることです。
しかし、これはまだ入口に過ぎず、そこから飛躍するために様々な開発を進めていく必要があります。私が参画してから他のパイプライン、開発のところに取り組み始めました。
一つは、ADC(抗体薬物複合体)と、もう一つは心疾患への取り組みです。
心臓に関しては谷山教授の原点で、元々専門にされていて、心疾患を抱えられた患者さんを前にして、「薬がない」という現実を変えるために起業を決意されたと聞いています。谷山教授の想いを叶えるため、必ずそこまでやり切りたいと考えています。
資金については、手元資金に加えて、現在資金調達活動をしています。AMEDの活用などの予算の枠組みの中で、しっかり各パイプラインを進めていきたいと思います。
上平(OUVC):
ありがとうございます。谷山教授とはペリオセラピア設立時に、心疾患を対象とした開発は難易度が高く、病的ペリオスチンの関与を示唆する多くのエビデンスのあったがんを最初の対象疾患とする可能性について議論させて頂いた経緯があります。そのため、心疾患にかける創業者である谷山教授の想いは我々も理解しています。田原さんは現在、資金調達活動を進められている最中ですが、この資金を用いて各パイプラインの開発をどのように進めるか、事業優先順位をきめ効果的に進めて頂ければと思います。AMEDの活用など、外部とのパートナーリングも重要かと思いますし、我々も伴走支援させていただきたいと考えています。
上平(OUVC):
これから創薬ベンチャーを目指す研究者・経営者へ、メッセージをお願いします。
田原CEO:
研究と事業は根本的に違います。「知りたい」だけでは企業は続きません。
重要なのは、社会課題を正しく定義すること、エンドユーザー(患者)が本当に喜ぶかを基点に計画を立てること、優秀な人材をピンポイントで入れること、不足する部分については外部パートナーを積極的に使うこと(全部を社内でやらない)、とにかく前向きに伝え続けることです。
私は過去に「自分の意見を曲げて後悔した」経験があります。ベンチャーは、迷っている時間が一番の損失です。
「納得して進める」この姿勢が、最も大切だと思っています。
上平(OUVC):
最後に、今後のOUVCのサポートに期待するところを教えてください。
田原CEO:
私たちの次のステップは、臨床試験の成功、そしてグローバル製薬企業とのライセンスになります。
その時、国内だけでなく海外企業との交渉力が問われます。
OUVCには、まさにその「伴走者」として、交渉・事業開発・ネットワークづくりで支援いただきたいと考えています。
世界に挑むときの後押しを、ぜひお願いしたいと思っています。
上平(OUVC):
ありがとうございます。OUVCとしても、臨床試験そして、PoCを取得し、製薬企業へライセンスしていく過程の中で、どういう形の支援がベストか、これまでの経験を活かしながら進めてまいります。ぜひ臨床試験について、良い結果を出し、成功に繋がるよう、これからも一緒に頑張っていきたいなと思っております。ありがとうございました。
ペリオセラピアは、癌細胞ではなく「場」を変えるという全く新しい創薬で、治療抵抗性という最大の壁に挑む企業です。
谷山教授が長年をかけて築き上げた世界最先端の研究と、田原CEOの着実で実践的な経営。
両者の融合が、難治性疾患の治療を根本から変える可能性を秘めています。
「患者とその家族を笑顔にする」その一心で進むこの挑戦は、いま大きな転換点を迎えています。
(写真撮影・対談記録:南谷智之、延原憲一(OUVC経営企画部))