バイオベンチャーのBioNTechと大手製薬企業のBristol Myers Squibbががんを対象にした臨床開発中の二重特異性抗体について100億ドル規模の共同開発契約の締結を発表した。二重特異性抗体医薬は進化した抗体医薬として広範に適応可能なモダリティとしてのポジションが確立されつつある。
■二重特異性抗体とは
がん治療医薬品には低分子医薬、抗体医薬、抗体を利用した薬物抗体複合体などさまざま形態があるが、二つのタンパク質部位に結合する二重特異性抗体(以下 BsAb)が注目を浴びている。従来の抗体医薬は一つのタンパク質に結合して効果を発揮するが、BsAbは、二つのタンパク質部位に結合できる抗体である。この特性により幾つかの作用機序を持つものが開発、上市されている。
一つはT細胞エンゲージャーと呼ばれ、T細胞などの免疫細胞に発現するタンパク質Aとがん細胞に発現するタンパク質Bの両方に結合するクラスになる(図1)。
BsAbが免疫細胞とがん細胞の両方に結合することで、免疫細胞ががん細胞を攻撃しやすくなることが期待できる。2014年に米国で製造販売承認されたブリナツモマブは、CD3を発現する免疫細胞とCD19を発現するがん細胞に結合する抗体で、B細胞性急性リンパ性白血病を対象疾患としている。これとは別に、二つのがん細胞の細胞表面に発現して増悪に関係するタンパク質に結合し、同時に異なるメカニズムで抗腫瘍効果を発揮するBsAbもある。例えばアミバンタマブはがん細胞に発現する特殊なEGFR(上皮成長因子受容体)およびMET(間葉上皮転換因子)に結合し、特殊なEGFR遺伝子を持つ非小細胞肺がんを対象疾患とする医薬品として製造販売されている。この他に、免疫チェックポイント阻害剤である抗体と腫瘍増殖に関与するタンパク質の抗体を組み合わせたBsAbも開発されている。IvonescimabはPD-L1(プログラム細胞死リガンド1)とVEGF(血管内皮細胞増殖因子)の二つに結合し、非小細胞肺がんを対象疾患とする医薬品である。ここまで3種のBsAbを取り上げたが、最近は異なる2つの免疫チェックポイントタンパク質に結合するものも開発されており、標的タンパク質の多様性は拡大しつつある。
■二重特異性抗体のディール
最近の BsAbに関するディールには10億ドルを超える規模のものも存在する(表1)。対象となる抗体の開発ステージは研究から製造販売承認されたものまで幅広い一方で、最大契約規模の上位にはPD-1関連タンパク質とVEGFを標的としたものが複数並んでいる。これら二つのタンパク質各々単独に結合する抗体医薬は臨床試験で効果が確認され既に上市されており、両方のタンパク質に結合するBsAbへの高い期待がうかがえる。今年6月に発表されたBioNTech社とBristol Myers Squibb社の共同開発販売に関する提携は最大で100億ドル規模となった。すでに上市された医薬品の標的を活用したものは多く存在し、前述したアミバンタマブやIvonescimabもあてはまる。複数の検証済み標的に結合するBsAbの開発は高い成功確率が期待でき、大きなポジションを獲得しつつある注目の創薬モダリティ―の一つだと言える。最近ではより高い薬効が期待できるものとして2つのがん関連タンパク質と免疫細胞のタンパク質に結合する三重特異性抗体や安全性向上を目指してがん近傍で活性化するBsAbのプロドラッグ化も行われてきている。抗体を活用したモダリティの拡大は今後も進化していくと思われる。